
しあわせすぎるほど、
しあわせを味わえるのは、
毎日を一生懸命、
生きているあなただからこそ。
そして、
しあわせをちゃんと、
求めて願っているからこそです。
その幸せというのは、
お金をたくさん持っているとか、
異性にたくさんモテているとか、
才能にみちみちて溢れているとか、
そういうことだけでは得られません。
もっともっと
シンプルで、
他人から見たらアタリマエに
思われてしまうようなことに対して、
しあわせ”すぎる”と思えることこそが、
もしかしたら本質なのかもしれません。
しあわせって、形はありません。
だからこそ、比べようも測りようもないです。
つまり、自分の器のなかで、
どれくらいを味わえるかに過ぎません。
そして、アタリマエのようなもののなかに、
アリエナイほどの喜びを感じられるからこそ、
本心からの「ありがとう」の感情が芽生えて、
その感情が器いっぱいに満たされるのでしょう。
そして、器をあふれた感謝の感情こそが、
身の回りの誰かに対する愛情や友情になるはずです。
たとえば、コップ1杯の水を飲めること。
たとえば、ふとした歩きたい方向へ歩けること。
たとえば、いつもの友達からの他愛もないメールに。
ほかにもいろいろあるアタリマエが、
ほんとうに、アタリマエなのかどうか、
味わい直してみることによって生まれる、
しあわせ”すぎる”感覚を味わいたいものです。
posted by コトバ家 吉井春樹 at 19:34|
しあわせ発見
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